「習った」と「理解した」は違う~昭和の天中殺ブーム

今から40年以上前、昭和の時代の「天中殺ブーム」を覚えていますか?

私もそれなりの年なので、なんとなく何か怖いものとして、この言葉の流行を覚えています。

和泉宗章という方がテレビ出演や著書で天中殺を大流行させたのですが、この方は高尾宗家に師事していました。

当時(今でも)この事で天中殺が誤解され、言葉だけがひとり歩きしてしまった。最後は、長嶋監督辞任の年を予測したものの外れたらしく、今度は一転して算命学、占いを否定するようになったのです。

これらのことに高尾宗家も困惑しておられ、和泉氏はまだ人を観る資格がなかった。算命学の表のみを学び、裏を学ぶことはなかったとおっしゃっていたそうです。算命学の占い部分だけを学んで、肝心の理論を学ぶことはなかったということをおっしゃりたかったのかなと思います。

もともと和泉氏は競馬予想のために占いを研究していたそうです。学びのきっかけは何であってもいいのですが、算命学をしっかりと学んだ方であればわかると思いますが、算命学は誰が優勝するとか、合格するとか、はたまたギャンブルの結果を当てるものではありません。当たる事もあるでしょうけど、当て続けることは(どんな占いでも)不可能です。

和泉氏が算命学をより深く理解出来ていたら、このような行動を取ることはなかっただろうと思いますね。もちろん、このブームの背景には算命学をエンターテイメントとして売るための仕掛け人もいたでしょうし、和泉氏だけが悪いわけではないのかもしれませんが。

和泉氏は、宗家から直々に算命学を「習った」わけですが、「理解した」わけではなかったということでしょう。

算命学は陰陽五行思考がしっかり身につくまで、長く師匠について学んでいく必要があります。自分で解釈した事が、思い込みで創造になってしまっては算命学ではなくなってしまいます。

時間をかけてゆっくり学んでいってほしいと思います。

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